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そして会場に来て2時間は経過した頃、ステージに立って商品を紹介していた男が下がり、今度は女が現れた。妖艶な笑みを浮かべるくの一だった。
「ではこれから人間のオークションに入ります。みなさま静粛に。」
やはりあの噂は本当だったわけだ。人の体を売り買いするなどと。イルカは心の内に沸き上がる怒りを抑え込み、ステージを凝視する。
出てきたものは死体だったり体の一部分だったり生きたままだったりと多種多様だった。おぞましさに飛び出して行きたい程だった。だが、できない。今飛び出していけば確実に自分は殺されるだろう。見張りの男ですらあんなにも格上だった。警護をしている忍びはもっと上に違いないのだ。
本当ならこんな会場ぶっつぶしたい。けれど、できない。
イルカはせめぎ合う自分の良心の呵責に苦々しい気持ちでステージを見るしかなかった。
やがて人のオークションも終わり、退場アナウンスが流れ出した。
オークションにカカシは出されなかった。捕まっていないと言うことだろうか、いやしかし分からない。
イルカはとぼとぼと人々と共に会場から出た。カブトがいるかもしれないからと気配を消してなるべく人に紛れて移動することは忘れなかった。
それから店に顔を出して急に休んだことを謝罪してイルカは屋根裏部屋に戻った。
人身売買は忍び五大国でも禁止条項として掲げている。それをこんなにも堂々と破っている所があるなんて。通常ならばすぐにでも火影に知らせなくてはならない所だ。だが、イルカは知らせることができなかった。何故ならばカカシが商品として日の目を浴びるかもしれないのは闇オークションでだけだからだ。もしもオークションが取り締まりを受け、その存在がなくなれば、カカシの体を所有する売人は地下へ地下へと潜っていってしまうことだろう。そうなってしまっては、最早取り戻すことは不可能だ。闇オークションとは言え、今はまだ比較的探りやすい場所にいる。
カカシが捕まっていることは不確かだが、あの霊安室で見た綺麗な腕は、不慮の事故で千切れたと言うよりは目的があって切り落としたかのようであったことが思い出された。そう、まるであの小鳥のように、人間のエゴで羽根を切り取られたかのように。
そうなってくるとカカシの体は戦闘で傷ついたと言うよりもその体を売買するための商品として狙われていたのではないかという考えに行き着いてしまう。
だから、この闇オークションに賭けた。間違っているかもしれない。けれど、やっと見つけたオークション会場だ。イルカは少しずつでもここで情報収集をすることに決めたのだった。
それから、イルカはそのオークションに頻繁に足を運ぶようになった。オークションは一日ごとに行われているようで、人身売買が行われている時もあれば、どう見ても盗品のようなものが売買されている時もあり、オークションに足を運びその光景を見るたびにイルカはひどい罪悪感に苛まれた。
それでも必ず足を運び、必ず最初から最後まで会場に居座り続けた。
一方で、イルカはバーでの仕事も続けていた。もしかしたら新たな情報が入ってくるかもしれない。いつだってどんな時でも目を光らせてどんな小さなことでも聞き漏らすものかと神経を張りつめる日々。
そんな日々を送る中、少しずつイルカの顔にかげりが現れ始めた。苦痛を伴うオークション会場の視察、そして慣れない接客業の仕事はどんどんイルカから生気を奪っていったのだった。
「あんた、ひどい顔してるね。」
その日もイルカは忙しいボーイの代わりに客に飲み物を運んでいた。声をかけてきた人に視線を向けると、以前ビールを注文してきた黒髪の男だった。何故か印象に残っていたイルカは精一杯の小さな笑みを浮かべた。
「少し疲れてるだけです。ご注文は。」
男は綺麗な顔を少し顰めてビールと野菜スープを注文した。ビールのつまみに随分と変わったものを注文するな、と思いながらもイルカはまかない料理にと作ってあった野菜スープとビールを男に持っていった。
「ちょっと飲むのに付き合って、店も大分落ち着いてきたでしょ。」
男に言われてイルカは店を見渡した。確かに殺人的な忙しさはひいたようだったが、元々イルカは給仕が仕事ではなく裏方が仕事なので用が無くなれば店の裏に戻るだけだった。だがそんな考えはお見通しなのか、男はイルカにスープの入った皿をつきだした。
「これ、食べなよ。あんた最近ちゃんと食べてないんでしょ?」
確かにその人の言う通り、イルカは最近食欲がなく、なかなか多く食べられなくなっていた。以前ならばごはんをおかわりして、元気に食べて、そしてカカシに食べ過ぎですよ、なんて言われているくらい大食らいだったのに。
イルカはスープを目の前にして泣きそうになった。が、涙は出ない。泣いても仕方のないことなのだから。
「どうせビールのつまみにスープなんて飲まないし、あんたが食べなければこれは捨てるだけだよ。」
男が言うのを聞いてイルカは仕方ないですね、とスープの入った皿を手に取った。そして少しずつ食べていく。なんとなく久しぶりにちゃんと食べたような気がした。
そして全てを食べ終わると、男は安心したのか立ち上がった。いつのまにかビールのジョッキは空っぽになっていた。
去り際、男は勘定をテーブルに置いてぽつりと呟いた。
「深追いはしない方がいい、あんたのためにも。」
イルカは驚いて顔を上げたがもうそこにあの男はいなかった。慌てて店の前に出てもその人の後ろ姿は見えなかった。確実に自分よりも力が上の者だ。そして、自分がオークションに関わっていることを知った上で忠告してきたのだ。カブトの手の者なのか?それとも、オークションの関係者?
だが、そんなことは関係なかった。どんなに忠告されたって、自分が危険な目に遭ったって、カカシがいなければ。
「会いたいよ、カカシさん。」
イルカの呟きは通りの雑踏に消されて誰も聞き取ることはできなかった。
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